YouTube『未来に残したい授業』を主宰する代麻理子氏が企画し、漫画家の山田玲司氏などのメッセージを掲載した書籍『9月1日の君へ』(教育評論社)から、思想家・武道家の内田樹氏からのメッセージをお伝えする。
「自殺しないために」
私自身は自殺したいと思ったことが一度もない。生まれつき楽天的な性格なのかも知れないが、もうひとつ別の理由があるように思う。
六歳の時にリウマチ性の心臓疾患に罹った。かかりつけの医者がただの風邪だと誤診したせいで、痛みが全身にまわって、身動きできなくなり、大学病院に連れて行かれた時には「もう手遅れです」と宣言された。余命一月と言われて、両親はショックを受けていたが、本人はあまり実感がなかった。
さいわいアメリカ製の薬が効いて死なずに済んだ。でも、重篤な心臓疾患が残り、医者からは「ふつうの人生」は諦めてくれと言われた。外を走り回ることも、泳ぐこともできないという身体的な制約を課されたので、子ども心に「これからあとは余生だ」と思った。
デュルケーム『自殺論』から学ぶ
「余」なのだから、好きなことしかしないと決めた。無理したり、我慢したり、遠回り をしたりという無駄ができるほど私の余生は長くない。
中学生のときから煙草を吸い出し、高校生になったら酒を飲むことを覚え、麻雀に熱中し、勉強が嫌で高校を中退し、家を出て、働きながら、ジャズを聴いたり、小説を読んだり、映画や演劇を見たり好き放題なことをしていた。気がついたら身体がすっかりよくなっていて、20歳になる頃には心音異常も消えていた。なるほど「好きなことしかしない」というのは身体にとてもよいらしいとその時に悟った。
デュルケームという社会学者が一九世紀の終わり頃に『自殺論』という研究を発表している。説得力のある書物で、今でも自殺研究の基本文献だろう。その中でヨーロッパでは自殺率が一番高いのが北欧とドイツで、南にゆくに従って低下し、ヨーロッパで一番自殺率が低いのがイタリアだと書いてあった。
人は寒いところから暖かいところにゆくと「自殺したい気分」が逓減する。その箇所を読んだときにアルベール・カミュの『魂の中の死』 を思い出した。
寒いプラハでただひとり、どんより曇った空の下で、持ち金が目減りするだけの日々を過ごしているうちにカミュは絶望的な気分になる。
「疲労にうちひしがれ、頭はうつろになり、 僕は扉の掛け金をぼんやりみつめていた。もうそれ以上なにもすることができなかった」
でも、そのあと友だちがやってきて、一緒に列車でイタリアへ向かううちに気分が変わる。 青空の下の糸杉とオリーブの木を眺め、蝉の声を聴き、草原の香りで胸を満たすうちにカミュは「ここで僕は世界を前にしている」という深い自己肯定感を回復する。
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