2025/09/23/ 11:00 川口穣
目次
2ページ目・「サティアン」は言い間違え
3ページ目・自民党からは1本の電話もない
かつて自民党石原派(近未来政治研究会)を率いて総裁選にも二度出馬した石原伸晃元衆院議員(68)が「ジャーナリスト復帰」を宣言した。石原氏は大学卒業後、日本テレビへ入社。9年近く報道局で記者を務めていた。政治家としては自民党幹事長や国交相、経済再生担当相などを歴任したが、一方で「失言」や「問題発言」による批判も付きまとった。なぜ石原氏はジャーナリストに復帰したのか。政治家時代の“問題発言”について、ジャーナリストとしてどう総括しているのか。
――政界引退後に政治評論家になる人はいますが、ジャーナリストとして活動する人は珍しい。なぜジャーナリストなんでしょうか。
日本テレビの記者だったころ、「事実の裏に隠された真実を見つけ、探求するのがジャーナリズムの原点だ」って、かっこいいことを言う先輩がいたんですよ。その言葉はずっと残っていて。政治評論家じゃ評論してるだけで面白くない。フェイクニュースが蔓延する今の時代、真のジャーナリズムは今までより必要になっている気がします。そういう気持ちを込めました。私のことを書いてくれるこたつ記事が、「芸能欄」に掲載されているのはちょっとズッコケるけど(笑)。
――石原さんは1981年に日本テレビに入社し、報道局で9年近く記者を務めました。印象に残っている取材は?
おもしろかったのは三浦知義事件(ロス疑惑)ですね。週刊文春の「疑惑の銃弾」連載がきっかけで、最初は文春片手に取材に駆け回って、ロスで出た身元不明遺体の歯型鑑定をするというときは現場にも行きました。自分も英語はわかるけれど、法医学はさすがにわからないからアメリカ人を連れて行ったんだけど、アメリカ人でも法医学の話は分かんないんだよね(笑)。それからもいろいろ取材して、奥さんを撃った拳銃はこれじゃないかってことでレプリカを入手したんだけど、スタジオでそれを取り出したらテレビの倫理規定に引っかかって、めちゃくちゃ怒られたんですよ。
それと、一番長く取材していたのが国鉄民営化。当時、仁杉巌さんが総裁だったんだけど、私が取材して直あたりもして、スクープで「仁杉総裁辞任へ」って打ったの。うちと、もう1社出してたかな。でも次の日の会見で辞任を否定されたんだ。実際に辞めるまでは針のむしろでしたよ。周りの視線が痛くて痛くて……。この前、「石破辞任」と打った読売報道とそっくりだよね。
逆に、今の若い記者は取材をしないって当時の仲間は嘆いていますよ。夜討ち朝駆けもしたがらないし、特オチしたって落ち込まないって。
「サティアン」は言い間違え
(中略)
――自民党が野党だった2010年には自民党幹事長になり、12年の総裁選に出馬した際には「最有力候補」とされました。直後の選挙で自民党は政権復帰しますが、あのとき勝っていれば首相の座に届いていたかもしれません。
歴史に「もしも」はないけれど、「この国をどうするか」はずっと考えていたし、ここまで手がかかっていたからね。いまも「あのとき(2位だった)石破さんが出てなければ先生(が首相)だったのに」って言ってくれる人もいます。ただ、それは言ってもせん無きことだからね。
――政治家時代には問題視される発言もありました。東日本大震災後、汚染土の保管先について「福島第一サティアンしかない」、除染廃棄物の中間貯蔵施設について「最後は金目でしょ」といった発言は特に批判を浴びました。
「サティアン」はね、本当に言い間違えたんです。Site(敷地)って言いたかったのが、口からそう出ちゃった。「最後は金目」のほうはそこだけ切り取られてるけれど前後をみればわかるでしょ。間違ったことは言っていないし、町長らもわかってくれていますよ(>>>2)。
>>>2 福島県の双葉町長、大熊町長らは2023年、石原氏のYouTubeチャンネルの取材を受け、「迷惑な施設などを受け入れるために、交付金が出るように石原環境大臣が動いてくれた。まさに金額の問題だった」「金額の交渉が必要という意味合いだったのは理解している」などと発言している。
次のページ
今の自民党は本当にヤバイ、崖っぷち
(後略)
※全文はソースで↓
https://dot.asahi.com/articles/-/265700
引用元: ・ジャーナリスト・石原伸晃氏に直撃! 「サティアン」は言い間違え 「自民党公認漏れ」の裏事情 [少考さん★]
無症状コロナ入院ジャーナリスト?
コメント