あのね、こんなことを言うと冷酷だと必ず言われるんですが、申し上げます。この前、新幹線で近江八幡におあたりで誰かが線路に入っていった。
間違いなく自殺です。自殺するのに何故、わざわざ新幹線の線路に入っていくのと思いました。
東京でも先日、中央線で「接触事故」とか言われていましたが、間違いなく自殺ですよ。8万7千人だったかの足が乱れました。
亡くなった方に鞭打つことは日本では赦されないことだから、誰も何も言わない。自殺は正常な判断が出来なくなった結果なので、
これもまた何も言えないけれども、自殺者が年間3万数千人いるということは、私に言わせるとこれは精神的にひ弱になっているということだと思います。
あの大変な戦後の時代がむしろ自殺が少ない、ほんとうに艱難辛苦を経ている中でむしろ自殺が少ない。そういう状態で考えてみると、人間はひ弱になるんです。
私は、一度も自分は死にたいと思ったことはないから分かりませんけれども、実は50になったばかりの知り合いなんですけれども、エリートです。
東大法学部出身、一流商社の社員だったんですが、選択が悪かったのだと思います。
「東大法学部出身が何故、こんな仕事をしなきゃいけないの?」みたいに、自分が生活の糧を得ているところの、どういう仕事であろうが一生懸命やるということがなかった。
で、あるときクビになってしまった。エリート中のエリートです。私にふっと言いました、「死のうかと思った」と。
だけども、ある日電車に乗っていて、たまたま人身事故を見てしまった。あまりにも無惨なその状況を見て、ある意味でパッと目が覚めた。
では、これは一体どういうことなのか。エリート中のエリートでも、自分が与えられたこの仕事、それも自分が選んだこの仕事に対して、覚悟して取り組んでいないんですよ。
その結果、職を失ってなまじエリートであるだけに次の仕事が見つからないんです。当たり前じゃないですか。
誰がそういう人をつかう勇気があるんですか。東大法学部、一流商社、何故か今…となると。そういうケースばかりではないと思いますが、精神的な脆さから来る状況だと、私は思っています。
で、この自殺の問題は社会的大問題になっているけれども、止められないでしょうね。多分、これは止められない。誰が止めるのか。
非常に冷たいことを言うと、そういう道を選ぶのは、その人の責任において考えるしかないんじゃないかと思います。
非常に冷たく聞こえますけれども、それを我々が心配できる立場にないし、心配もできないし、
はっきり言って私はそういうことを心配するんじゃなくて、頑張る若者を応援したいと思うし、
頑張る若者にエールを送る方に私は自分のエネルギーをかけたいと思っております。
http://www.kin-birei.com/column/
引用元: ・高市友の金美齢「失業で自殺する人は甘えですよ」 [487816701]
一理ある
選択肢を忘れない。
それでなくとも身体障害やら難病やら抱えてんのに
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