一般的に「邪馬台国」と表記されるが、『魏志』倭人伝の写本・版本はすべて「邪馬壹国」となっている(「壹」は「壱」の正字)。
一方で『後漢書』東夷伝には「邪馬臺国」となっている(「臺」は「台」の正字)。『魏志』倭人伝が3世紀末の編纂なのに対して、
『後漢書』は5世紀初頭の編纂で、『魏志』倭人伝の方が古い。しかし、『後漢書』は三国志の時代(220〜280年)の前の時代の後漢時代
(25〜220年)についても記されている。そのため、『後漢書』には卑弥呼政権以前の倭国についても記録されている。
こうしたことから、「ヤマタイ国」ではなく「ヤマイチ国(邪馬壹国)」とする説もあるが、確証があるわけではない。
『梁書』倭伝、『隋書』俀国(わこく)伝などそのほかの中国の歴史書には「邪馬臺国」とあり、現存する『魏志』倭人伝は12世紀以降の
写本・刊本であることから、「邪馬壹国」は「邪馬臺国」の誤写とするのが定説となっている。
ここでは読みやすいように以降は新字体の「台」で話を進める。「邪馬台国」を「ヤマタイ国」と読むようになったのは江戸時代からだ。
中国では「台」に中央官庁や朝廷といった意味があるが、そのほかの国名や人物名を見る限り、あくまで音からの当て字と考えるのが
自然だ。「台」は漢音ならば「タイ」、呉音ならば「ダイ」と読むため、これまで特に疑問に思われることなく、
「ヤマタイ(ヤマダイ)国」と呼ばれてきた。
ーここから後略ー
■上代日本語では「ヤマト国」と読む
■同じ読みの地名は「大和」しかない
■伊都国の記述に見る九州説の矛盾
■「環濠集落ネットワーク」が意味するもの
■卑弥呼が「邪馬台国の女王」という記述はない
■邪馬台国の首長は卑弥呼のほかにいた
瀧音 能之
全文はソースから
4/25(金) 18:17配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e01abdc3660cbeb9be25add69cf06bd5acd1076
引用元: ・【PRESIDENT】「卑弥呼は邪馬台国の女王」はウソである…最新研究で明らかになった「近畿説vs.九州説」論争の有力説 [4/26] [仮面ウニダー★]
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