読売新聞
今年で開業140周年を迎えたJR目黒駅。「目黒」の名前を冠しながら、なぜか駅の所在地は隣の東京都品川区にある。住民の反対運動、地形の問題――。その訳を探るべく取材を進めると、埋もれていた目黒の歴史が見えてきた。(石井恭平)
JR目黒駅で山手線を降りて西口に出ると、歩道に立つ地図付きの案内板が目に入ってくる。目黒の歴史などを紹介する内容が書かれているが、肝心の駅の住所地は品川区上大崎だ。目黒区の境からは東に100メートルほど離れている。
JR東日本によると、目黒駅は1885年3月、日本鉄道によって開設され、1906年に国有化。87年の国鉄の分割民営化によりJR東の駅となった。しかし、会社には国鉄以前の資料が残っておらず、広報担当によると、駅名の由来は不明という。
ならばと足を運んでみた目黒区役所で、生涯学習課長の斎藤洋介さん(42)が「『目黒区史』には目黒駅が現在地に設置された経緯が書かれていますよ」とヒントをくれた。
区史によると、目黒駅は当初、目黒川に沿って建設される予定だった。ところが沿線住民の反対運動を受けて計画の変更を余儀なくされ、現在と同じ品川区側に建てられたのだという。斎藤さんは「反対運動の背景には、機関車から出る煙やすすによる家や農作物への被害や、線路敷設に伴い水田が収用されるといった臆測があったようです」と説明する。
この反対運動は目黒駅の「追い上げ事件」と呼ばれており、区ホームページでは「目黒駅が権之助坂上に変更されたことで目黒(区)が近代化への最初のきっかけを逸したことは否定できない」とも記述している。
ただ、この通説に対し、めぐろ歴史資料館の研究員・大久保 輝優てるよし さん(28)は「目黒駅の建設予定地が変更されたのは史実ですが、追い上げ事件が理由という説の信ぴょう性は薄いかもしれないですね」と疑問符を付ける。
根拠として挙げるのは、目黒駅開業から77年後の62年、目黒区郷土研究会が地域の古老たちから聞き取ってまとめた証言記録だ。古老たちは追い上げ事件について「聞いたことがない」「知らない」などと首をかしげたという。
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JR目黒駅、なぜ隣の品川区に? : 読売新聞 https://share.google/X5ES9vfVJvdteuE79
引用元: ・【東京】JR目黒駅、なぜ隣の品川区に?…区境から100m・沿線住民による「追い上げ事件」の影響は [ぐれ★]
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