https://dot.asahi.com/articles/-/265915?page=1
2025/09/26/ 07:00 大谷百合絵
目次
2ページ ・日本の“ベルリンの壁”をぶち壊した
3ページ ・靖国神社参拝には個人的懸念
4ページ ・好きな党のどことでもくっついたらいい
窮地の自民党はどこへ向かうのか――。総裁選(10月4日投開票)の行方を、かつて「自民党をぶっ壊した」細川護熙元首相(87)は静かに見つめる。1955年以来の自民党一党支配を崩し、93年に非自民連立政権で首班指名を受けた細川氏。現在は陶芸や絵画などアートの世界に身を置くが、政界への洞察はいまだ切れ味鋭い。都内の閑静なアトリエを訪ね、話を聞いた。
【写真】総裁選を制すると細川氏が予見する候補者はこちら
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――石破政権への評価をお聞かせください。
結局何がしたかったのか、石破(茂)さんらしさが、まったく見えませんでした。選択的夫婦別姓も、政治とカネの問題も結論はあいまいなまま。今年3月の核兵器禁止条約の締約国会議は、日本被団協が昨年ノーベル平和賞を受賞した直後の絶好のタイミングなのに、オブザーバー参加を見送った。石破さんらしい理屈を言っておられたが、もし参加していたら、内閣支持率は一気に上がったと思いますよ。アメリカに反対されようが、やるときはやらなきゃ。
今回の石破さんの引き際には、多くの人が権力に執着している印象を受けたのではないでしょうか。民主主義国家において、国のトップが不本意な退陣を迫られるのは当たり前。覚悟しておかなきゃいけません。時の首相には、種をまく人、水をやる人、花をめでる人、それぞれ役割があります。種をまいて、咲いた花もめでようとするのは、欲張りすぎです。
――細川さん自身は1994年4月、首相になって1年足らずで辞意を表明。当時の内閣支持率は50%前後あったにもかかわらず、内閣総辞職を選びました。
首班指名を受けたとき、社会党まで抱えたこの8党派連立政権はおそらく1年ももたないと思いました。それならば、政治課題は相当しぼらないと達成できない。選挙制度や政治資金の規制強化などの政治改革、コメ市場の開放、そして太平洋戦争を「侵略戦争」と自省する歴史認識の明確化。これらを最低限のミッションとして、在任中にすべて片を付けました。
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「夜明けによく騒ぐ男じゃのう」
(略)
引用元: ・「今回の総裁選の顔ぶれは物足りないですね」 自民党を“ぶっ壊した”細川護熙元首相が嘆く「目先の話」止まりの政治 [少考さん★]
そりゃ目先で精一杯だ。チェンバレン的政策でギリギリ平和だが、どこまで持つか、、、
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